大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)96号 判決 1967年6月30日
理由
第一、控訴人は主たる請求として本件手形金の支払を求めるので、先ずこの請求について判断を加える。
1、控訴人がその主張のような本件手形一通(甲第一号証)を所持していることは当事者間に争いがない。
2、控訴人は、被控訴人会社の代表者である訴外金成胤が本件手形を振出したものであると主張し、甲第一号証(本件手形)の記載自体によると、その振出人欄には、「泉大津市東港町一三〇株式会社岸田繊維工業所取締役社長岸田成胤」および右名下に「岸田成胤」の各記名印が押されていることが明らかであるところ、原審証人市川昇の証言をもつてしても、控訴人主張のように右各記名印が、被控訴人会社の代表者である訴外岸田成胤こと金成胤の意思に基いて同人(その補助者を含む)によつて押捺され、従つて右手形が真正に振出されたものであることは、これを認めがたく、他に右事実を認めるに足る証拠はない。かえつて、《証拠》を綜合すると、訴外岸田七洋こと金七洋は被控訴人会社の代表者である金成胤の長男であり、かつ被控訴人会社のいわゆる平取締役をしていたものであるが、昭和四〇年九月頃金成胤との間の折合いが悪いために家を出てその所在を隠し、爾来被控訴人会社の業務には関与していなかつたところ、昭和四〇年一一月一三日金成胤の不知の間に、本件手形(甲第一号証)の振出人欄に、被控訴人会社取締役社長岸田成胤名義を使用し、その名下に自己の偽造にかかる「岸田成胤」と刻んだ印顆を押して、本件手形を振出したものであることが認められ、これに反する原審証人市川昇の証言は前掲各証拠と比較してたやすく信用ができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると被控訴人会社の代表者である金成胤が本件手形を振出したものであるとする控訴人の主張は採用することができない。
3、(金七洋の手形振出権限否定部分省略)
4、控訴人は、被控訴人会社は商法第二六二条に基き本件手形金の支払義務を負担していると主張するが、金七洋が被控訴人会社より専務取締役その他被控訴人会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付与され、これを使用していたことについては、当裁判所が信用しない前掲市川昇の証言を措いて他に右事実を認めるに足る証拠はない。
かえつて前掲被控訴人会社代表者本人尋問の結果によると、金七洋は被控訴人会社の取締役としてその職務をとつていた当時前記専務取締役等のごとき呼称を使用していなかつたことが認められるほか、前認定のとおり金七洋は本件手形を振出した当時にはその所在を隠し、被控訴人会社の業務を担当していなかつたことが認められるから、金七洋が専務取締役の呼称を付与され使用していたことを前提とする控訴人のこの点の主張もまた採用するに値しない。
5、以上の次第で、控訴人の主たる請求に関する前記1ないし4の主張はいずれも理由がないから、主たる請求は失当として棄却するほかないといわねばならない。
第二、控訴人は予備的に手形金と同額の損害金の賠償を求めるので、次にこの点につき判断を進めることとする。
1、控訴人は、金七洋は専務取締役として被控訴人会社の職務を行なうにつき、その権限がないのにかかわらず、これあるもののごとく装い、被控訴人会社の代表者名義を用いて本件手形を市川昇あてに振出したため、同人のみならず、控訴人もまた本件手形は被控訴人会社により正当に振出されたものであると信用し、控訴人は市川に金四五万円を交付して本件手形を割引き、右割引金と同額の損害を被つたものであると主張するが、その主張のような事実をもつてしては、被控訴人会社に対し民法第七一五条に基き請求しうる場合があるのは別として(該請求については後に判断する)、そのほかに手形金と同額の賠償金を求めうべき法律上の根拠を見出すことができないのみでなく、更に金七洋は専務取締役ではなく、平取締役に過ぎなかつたことは、前認定のとおりであるから、専務取締役であることを前提とする控訴人の前記主張は理由がない。
2、控訴人は、金七洋が被控訴人会社の専務取締役でないとしても、被控訴人会社はその代表者である金成胤の個人事業を改めて会社組織にし、その子供達を取締役として営業しているものであるところ、このような形態の株式会社にあつてはその取締役のなした不法行為を原因として損害を受けた者に対し、商法第二六一条第三項を類推適用し、同法第七八条、民法第四四条第一項により不法行為の責任を負担すべきものと解されるから、被控訴人会社はその取締役である金七洋が本件手形を振出したことにより損害を被つた控訴人に対し、該損害金支払の責を免れることはできないと主張するが、金七洋は前認定のとおり平取締役に過ぎないのであつて、被控訴人会社を代表する権限を有していなかつたものであるのみならず、本件手形を振出した当時にはその所在を隠し、被控訴人会社の業務の執行に関与していなかつたものであるから、被控訴人会社が控訴人主張のような形態の株式会社であるとしても、金七洋のなした本件手形の振出行為につき、前記各法条を類推適用すべき余地はないから、控訴人のこの点に関する法律上の主張は独自の見解であつて到底採用することはできないものといわねばならない。
3、控訴人は、金七洋が本件手形を偽造することにより控訴人に与えた損害につき、被控訴人会社は金七洋の使用者として民法第七一五条により該損害金支払の責を負うべきものであると主張し、金七洋が被控訴人会社の平取締役をしていたことは前認定のとおりであるが、金七洋が日常被控訴人会社のために手形振出事務に関与していて、同人のなした本件手形の振出行為も同条にいう被控訴人会社の業務の執行につきなされたこと等についてはこれを認めるに足るなんらの証拠がなく、かえつて前掲被控訴人会社代表者金成胤本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人会社における手形の振出事務は、その代表者である金成胤が自らこれを担当し、金七洋はこれに関与していなかつたことが認められるのみならず、前認定のとおり本件手形振出当時金七洋はその父である金成胤方を出てその所在を隠し、被控訴人会社においてその業務を執行していたものではないことが明らかであるから、被控訴人会社は既にこの点で同条の責を負うべきいわれがなく、控訴人の前記主張もまた採用する限りでない。
4、以上の次第で、控訴人の予備的請求に関する前記1ないし3の主張はいずれも理由がないから、予備的請求もまた失当として棄却することとする。
第三、そうすると控訴人の各請求を失当として棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものである。